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夫婦の性生活の意義
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結婚において性生活のもつ意味には、次の
ようなことがあげられましょう。
ω最も親密な人間関係をつくる入間関係に
は、いろいろな種類があります。たとえば、
親子、夫婦、兄妹というような家族関係や、
蓼-
恋人、友人、同僚というような対等関係、師
弟、長と部下、店主と雇い人というような上
下関係などです。塾
これらの関係を結びつけるものは、それぞ
れの関係の種類によって違いますが、一言で
いえば人間的接触行為です。会話、握手、散
歩、ダンス、接吻等々、その他、共同の行為
いっさいを含むものです。
これらの行為のうちで、コイタスほど危険
な行為はありません。ここで危険という表現
は適当でないようですが、人間的接触行為は
相手に害意があれば、すべて危険を含んでい
るとい、ってよいわけです。
人間には、敵を恐れるという本能的な警戒
心があります。したがっていちばん信頼でき
るのは自分自身なのですが、コイタスはお互
いに椙手に自分の命を預けてしまう行為とい
ってよいでしょう。なぜならば、コイタスは
一種の抱擁であるとはいえ、気もそぞろに夢
中で、何分間か何十分間かを過ごす抱擁です
から、相手に敵意があったら、こんな危険な
行為はないのです。
コイタスを許し合い、ともに楽しみ合うと
いうことは、お互いに相手を完全に信頼し合
っている証拠なのです。いちばん危険な行為
であるゆえに、信頼もまた最高なのであり、
最も親密な関傑をつくり出すものなのです。
ところで、二人の完全な信頼におけるコイ
タスの行為は、全く無防備ですから、第三者
の虫呈思があれば、たいへん危険なわけで、そ
のため密室に隠れて行なうことで》すべてを
忘れた安心感がもてるわけです。
一一人で隠れて共通の行為をするということ
が、親密な人間関係の形成に役立つことはい
うまでもありません。ですから、親子、友人
関係以上に、夫婦は親密になり得るのです。
ところが、夫婦が性的な調和を失っていま
すと、最も親密な関係が形成されなくなり、
親しいとはいっても友人程度になり、さらに
は憎み合う関係にさえなってしまうのです。
-そのため、結婚生活における「個人としで
の人間的生活」に対して、夫婦間の調和ある
性生活が絶対に必要だということが、理解で
きましょう。
働生活のエネルギーコイタスの直接の目的
は、二人が同時に一致して性的満足を得るこ
と、つまり、一致して極快感(オτガズム、
オルガスムス)に達することにあるのです。
コイタスは、人間の世界においては、レク
リエーションであり、娯楽であり、享楽なの
です。二人が同時にオーガズムに達するとい
う完全な響イタスは、ある意味では、あらゆ
るレクリエτションのケちでの最高のもので
す。どんなに楽しい映画や演劇やスポーツや
旅行や、その他いろいろな娯楽も、緊張から
の解放という点では、完全なコイタスの行為
以上のものはないといってよいでしょう。
夫婦がそろって完全に楽しめるといヶ状態
にあれば、その夫婦は、常に張り切った幸福
-感にあふれています。なぜなら、レクリエー
ションとしてのコイタスは、生活のエネルギ
ーを回復させることができるからです。
とんでもない、コイタスを行なうのはたい
へんに疲れるものだ、という反論が出るかも
知れません。それは、その人にとって度を越
9したコイタスを行なっているからです。
娯楽としてのコイタスが完全であり、適度
韓蜘
であれば、生活のエネルギーの源泉となりま
すから、家庭でも職場でも、明るく活動がで
き、したがって社会的に有意義な仕事に精を
出すことができます。ー
どころで、コイタスは享楽であるというこ
とに、性の享楽主義者たちが拍手するとした
ら、それは見当違いも甚だしいのです。彼ら
はほんとうに性を享楽七ていません。深い愛
情の裏づけのない刹那的なコイタスをして、
それを完全な享楽と思い込んでいます。性を
スポーツと心得スリルと官能を楽しんでい
るのです。」そして、スポーツのもつルールさ
え無視して、無軌道な性行為にふけっている
にすぎません。無軌道だからスリルがあり、
スリルがあるからおもしろいだけなのです。
性のルールとして、欠くことのできないも
のは「育てあげてゆく」ということです。すな
わち、咲いている花をただ摘みとるのではな
くて、草や木を育てあげて、見事な花を咲か
せることなのです。それゆえに、完全な調和
を育てあげようという、二人の善意が必要な
のです。
このルールからはずれていれば、性は娯楽
にはなり得ません。娯楽になり得ない性は、
エネルギーの回復に役立たず、ただ虚無感が
あるだけです。性の享楽主義者たちは、実際
には性を享楽する能力はないのです。
圖子どもを作ることコイタスの結果として
妊娠が起こψ、子どもができるということは
いうまでもありません。
コイタスの目的は、それを行なう男女が、
一致してオーガズムに達する楽しみを求める
ことで、決して妊娠を目的としていませんコ
人間のコイタスでは、それによって妊娠でき
るのは排卵期かその少し前という、ごく限ら
れた期間であることを考えてみてもわかりま
す。ζの点、動物の場合とは全く違っている
のです。
しかし、夫婦が完全にコイタスを行ない得
るほどに調和した状態にあれば、特別な事情
(病気とか、経済的悪条件とか、子どもを作
らない主義であるとか)がないかぎり、子ど
もがほしくなるのが普通です。それに、妻の
快感によって出るアルカリ性の子宮頚管分泌
液の影響で、妊娠の可能性が高まりますし、
また生まれた子どもを愛育する気持も、調和
ある夫婦なら強いのがあたりまえなのです。
生殖生活においても、夫婦間の性生活が大
きい影響をもっていることがわかります。
調和した性生活をもつために
性的な調和だけが夫婦の幸福をもたらすも
のではありませんが、男女が結婚した以上、
夫婦というものはその本質が性的な結合であ
ることにまちがいありません。ただし、この
性的な結合を狭い意味、っまりコイタスだけ
の意味に解釈してはいけません。
マキシンデーヴィス女史が、女性として
の立場から、「女性の性的責任」という本を書
き、思想と哲学の裏づけによって、夫婦の性
的調和のたいせつなことを説いています。
「人間の魂は孤独なものです、しかし、男女
が一つに結びつくと、この孤独さが消え去っ
てゆくのです。興奮の中でとけ合った二人は
一瞬身も心も一つになってしまいます。これ
こそ、結婚生活の中心なのです。こういう調
和は性的快感の前提であるばかりでなく、性
的結合において、女性がよき妻となるための
道徳的基礎なのであり、それと同時に、噛女性
ひ
が成熟して主体性をもったという証拠なので
すLデτヴィスのこの美しいことばの竜つ真
理を、よく味わってください。
また、ロスアンジェルスの家庭相談所長ポ
ペノーは尊約二万の結婚を調べ、離婚したケ
ースについて、
「私の相談所で行なった五〇年間の調査の結
果では、夫と妻の性的不調和は、たいていの
場合は、新婚時代にじゅうぶんな性的調整に
達していなかったζとに原因があレます。こ
の失敗はまた、たいていの場合、結婚前に、
これから自分がになわなければならない責任
について、双方がじゅうぶんな予備知識をも
っておかなかったことに原因があるのです」
と言っています。
、ほんとうの性知識には、思想や道徳がなけ
ばなりませんが、技術や快楽面だけをおも、
しろおかしくとり上げているこま切癖の性知
識には、それがありません。それでは、夫婦
の性的調和という真善美が生まれるはずがあ
りません。
なぜならば、調和を作り出すために、何よ
りも必要なことは相手の身になって考えると
いう、初歩の道徳だからです。
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